【及川眠子】病気説?→デレステの曲とは?若いころがやばい!?

今回は及川眠子のご紹介!

及川眠子の名前を聴くだけだとピンと来ない方も多いのじゃないのでしょうか?

でも及川眠子はメッッチャ有名な方です。

ほとんどの人がある意味知っている方です!

そんな及川眠子の病気の状況

及川眠子の名曲からデレステ

そして、及川眠子の若い頃から現在までを紹介していきます。

及川眠子のプロフィール

名前: 及川眠子(おいかわねこ)
誕生日: 1960年2月10日
血液型: B型
出身地: 和歌山県
職業: 作詞家
事務所 浅井企画
SNS 及川眠子

及川さんは、作詞家です。

今までに1000曲以上の作詞を世に送り出されています。

プロの作詞家になるまで

作詞家を目指されたのは中学生の頃だそうです。音楽に関わりたいと考えた、及川眠子は初め、ピアノを初めるも両手が動かず、ギターを初めてもFコードが出来なかったことから、作詞かになることを決められたそうです。

作詞を始めた頃は、まず真似をしたそうです。
及川眠子が、好きだったのは「女ボブ・ディラン」と呼ばれていた、中山ラビさん、山崎ハコさん、森田童子さん、加川良さんなど、1970年代の情感溢れる作風の、アーティストに影響されたそうです。
短大卒業後は、色々な仕事をしながら、夢のために故郷の和歌山県から上京することを考えたそうです。
周囲からの反対も強く、特に反対していた、お父様が亡くなったこともあり上京を決意されます。
及川眠子は、上京された翌年に軽自動車のキャンペーンソングのコンテストに出場しました。
そこで最優秀賞を受賞し、その時の曲がレコード化され作詞家としてデビューされます。
ただ、その後すぐに仕事が、増えるほど甘くはなかったようです。
そこで、及川眠子は、業界誌に注目し、その雑誌に載っていたディレクターやプロデューサーに電話で営業し、会ってもらえないかと売り込んだそう。
そんな、苦難の下積みを続けた及川眠子が初の大ブレイクしたきっかけは、1988年にWinkに提供した「愛が止まらない ~Turn it into love~」でした。
ここから、及川眠子の活動が活発化していきます。
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及川眠子は病気?

及川は2017年ごろに顔面神経麻痺【半分】

を患っておられます。

マルコポロリで、ご自身が語られていました。

ある大阪から、東京へ向かう新幹線の中、顔が半分 動かなかくなったそうです。
ご本人は、ストレスが原因とおっしゃられています。

ストレスの原因に関しては、下の記事に記載しています。

ストレスってさまざまな病気を引き起こしますよね、、、
自律神経失調症って際たる例だと思いますし、あれって医者が原因がわからない時につけられる病名ですよね。。。
それでも、逆にストレスゼロになると人間は死んでしまうとも聞いたことがありますが、、、
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及川眠子のデレステの曲って何?

最近、及川眠子が作詞を提供されたのが、デレステこと、アイドルマスター、シンデレラガールズです。

ただ、ツイッターにつぶやかれているように、本人もデレステが何かわかっていないみたいです。。。

デレステとは

『アイドルマスター シンデレラガールズ』は、絶大な人気を誇るアイドル育成ゲーム『アイドルマスター』から派生したタイトルのひとつ。

2011年11月28日にMobageでサービスが開始されたソーシャルゲーム。ファンからは、『デレマス』の愛称で親しまれている。

『アイドルマスター シンデレラガールズ』の登録者数は累計で500万人を超えており、本家『アイドルマスター』とともに、確固たる地位を獲得した人気作品だ。

190人以上の個性豊かなアイドルが登場し、プロデューサーたちが”お仕事”や“LIVEバトル”を通じてアイドルを育成していく。

引用元:アイドルマスター シンデレラガールズ

現在10周年みたいです。ソーシャルゲームで10年って凄いですね。

興味のある方は、初めて見てもいいんじゃないでしょうか?(コロナで閉鎖的な状況だし)

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及川眠子が携わった名曲は?

そう、及川眠子といえば『新世紀エヴァンゲリオン』の主題歌「残酷な天使のテーゼ」(1995)。

ただ、及川眠子曰く【この仕事を請けることになったきっかけは「通りすがり」】だそうです。

きっかけやタイミングってわからないものですね。

作詞に携わった始まりは、当時のマネージャーに、別の仕事で知り合ったキングレコードのプロデューサーの【大月俊倫さん】を紹介されたそうです。

しかもこの時、大月さんからは「別の人に決めてたけど、せっかく来てくれたんなら及川でいいや」のひと言でこの仕事が決まったみたいです。

名曲の初まりがそんなヒョンなことだったんですね、、、、

ただ、あの名曲の始まりが凄い適当な話ですが大月さんは直感が働くことで有名だったそうだとか、、、

あとは、忘れてはならないのが『魂のルフラン』

この曲はもう何回聞いたかわからないぐらい聞きました。アニソンという括りは関係なく素晴らしい曲と思います。

そして、我ら大阪の星

やしきたかじんさん「東京」

もう2度と、たかじんさんの生歌を聞くことは出来なくなってしまいましたが、『やっぱ好きやねん』と双璧をなす名曲ですよね。

私もたまにカラオケで歌います。

『魂のルフラン』と『東京』って全く違う歌詞なのにどちらも及川眠子が作詞されてるってどんな感性を持ってるのかと思います。

因みにカラオケの余談ですが、

カラオケの印税で「エヴァンゲリオンはすごい。カラオケで歌われると1回につき1円から1.2円が入る。

カラオケよりもパチンコの印税が高い」、年収について「パチンコの時は億、いきました。

この四半世紀くらい年収は3,000万円を切ったことはない」

引用:及川眠子 本人より

と明かしているのですが、『新世紀エヴァンゲリオン』自体はほとんど見いないそうです。

及川眠子曰く、終わった仕事なので興味はないと話されています。

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及川眠子は若い頃やばかった?そして現在は?

あれだけの名曲を生み出した及川眠子です

エヴァンゲリオンの主題歌「残酷な天使のテーゼ」は1995年発売。現在も歌い歌われているこの曲はカラオケでは9年連続アニソンランキング1位。

この曲を及川眠子が作詞したのが当時35歳。

この時から約6億円稼がれたそうです。(税金は半分)半分って、、、、その若さでそれだけの仕事をされて、稼がれているって相当やばいですね。

ただ、そこから及川眠子の人生の苦難が始まります。

私生活では2000年に、及川眠子さんが40歳のときにひとり旅をしたトルコにて、後に旦那さんとなるトルコ人男性と出会います(18歳年下)

その後、及川眠子は2005年に結婚します。

日本とトルコに住む別居婚が始まりました。

及川眠子の結婚生活は13年で終わりを迎えます。

一緒に過ごした期間はその3分の1ぐらいだったそうです。

結婚生活を送るにつれて、徐々に金銭を無心され始めたそうです。

6億円の印税での生活も及川眠子さんが気づいた時には多額の借金を背負うことになりました。

及川眠子が離婚した時は借金が7,000万円までに増えていたそうです。

その後離婚の顛末を明かされている自著『破婚』を出版されています。

因みにお金の行くへは元旦那さんの事業欲と女性を囲っていたことが原因のようです。

以下のように話されています。

単なる物欲であれば大した金額ではないんですが、仕事となると「自分は優秀なエンジニアだ」と信じてしまうため、事業に大金を注ぎ込んでしまい、「やめよう」と言っても巻き返せると思っていたようです。

「パチンコ依存症と同じですよ。勝てると思うから」

引用:及川眠子 本人談

波乱万丈って及川眠子さんのためにあるような言葉ですね、、、

著書:及川眠子

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まとめ

  • 及川眠子のエヴァンゲリオンの作詞は些細なことからはじまった
  • 及川眠子はの病気は顔面麻痺
  • 及川眠子はデレステにも作詞提供している
  • 及川眠子は若い頃に成功したことで大金を持っていた
  • 及川眠子はトルコ人と結婚してからとても苦労されている

最後に及川眠子は、ある記事でこのように話されています。

自己肯定感が低いと、否定されることによってどんどん萎縮して、自分を否定し、自分を嫌いになっちゃう。

自分が全ての人を好きでいられないように、全ての人は自分のことを好きでいてくれないと思うんですね。

でも自分が自分を好きだったらそれでいいじゃないかって。

引用:及川眠子 本人談

とても大切な言葉と思います。

最後まで読んでくださってありがとうございます。

今後も皆様に役立つ情報を一つでも多く発信できるように頑張ります!

では、また次の記事でお会いしましょう。

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